MCMのめぐみレシピ MCMのめぐみ×世界で最初の醤油屋

【準備する材料】

MCMのめぐみ 12L×2

 

世界で最初の醤油屋のお醤油

 

 

MCMのめぐみはお水にこだわりをもっております。

配合しているのは、免疫力の研究から生まれた特許取得(特許番号第3247620号)の天然ミネラルサプリメントMCM(Marina Crystal Minerals)。
人体に存在する約60種類のミネラル元素を簡単に補給できます。

出会いは、MCM(マリーナクリスタルミネラル)のサプリメント販売に遡ります。当時、HIS(エイチアイエス)の澤田会長が毎日かかさず飲んでいるということで、ご紹介いただいた商品でした。澤田会長は365日休まず仕事をし続ける鉄人のようなご経営者です。

「これを飲むと調子がいいんだよね。でもあんまり世にでていない。販売してみたらどう?」そんな日常の会話から弊社が取り扱うことになりました。

販売当初はサプリメント販売というノウハウがなく、四苦八苦しました。

サプリメントは最初にご購入いただいたあと、継続してそのままご購入いただくことが難しい分野です。それは、毎日飲んでもらいたいのだけれど、忙しくなってくるとついつい飲み忘れてしまうことがあるからです。どうにかして、毎日飲んでもらってサプリメントの効果を少しでも実感していただけないか?日々考えてました。

そんな中、考えたのがサプリメントを飲む際に必ず一緒に飲むのがお水。じゃあサプリメントとお水を一緒に飲めるようになれば、毎日忘れることなく飲んでいただくことができないだろうか?そんなアイディアからサプリメントinウォーターというオンリーワンの商品を考え出しました。今では欠かさず飲んでいただくことに成功してアンケートなどを実施すると様々なお声をいただけるようにまでなりました。

 

MCM(Marina Crystal Minerals)はがん治療の研究から生まれました。
1963年第4次南極越冬隊 鳥居隊長が発見した新鉱物「南極石(南極のドンファン湖で発見されたカンブリア紀の海水の結晶)」を癌細胞の培地に入れてみたところ、NK(ナチュラルキラー)細胞が活性化され、子宮癌の細胞が収縮し、消滅しました。
太古の海水のミネラル組成は人間の体液に酷似していることが分かり、研究を重ね、海洋ミネラルを抽出し結晶化することが叶いました。
食物の栄養価が著しく低下している現代の食生活では、人体に必要なミネラル類を満足に摂取出来ません。
サプリメント in ウォーター MCMのめぐみに配合されているMCMの量は微量ですが、ゼロと微量では全く異なるのです。

 

 

おいしい醤油・本物の醤油へのこだわり

お水にこだわってくると他のものにもこだわりが出てきてしまいますよね。。調味料の中で使う頻度の多い醤油。そんな醤油にもこだわってみました。

創業から440余年、 安心安全、無添加、 国産(福井産)の丸大豆・小麦を使用、 江戸時代と同じく、添加剤を全く使わない製法で、自然のまま約1年間寝かせて醸造、 ミネラルたっぷり、雑菌のないもろみ(発酵段階)の中で、こうじ菌が自然と時間をかけて作る 300種類以上のアミノ酸が織り成す繊細な味・旨み・香り・コクは、人工調味料では到底出せない味です。そして、およそ50%減塩した「無臭魚醤入り減塩しょうゆ 旨醤(うましょう)」。

世界で最初の醤油屋といわれるからにはこだわりがあります。

 

特に和食には一番多く醤油を使います。私達の食卓で一番身近な調味料ですよね。

和食のなかでお醤油を使う料理をざっと調べてみました。

焼き魚

肉じゃが

豚のしょうが焼

かぼちゃの煮物

うどん

お刺身

魚の煮付け

鶏のから揚げ

里芋の煮ころがし
いんげんの胡麻和え
etc
和食における基本的な調味料のひとつなのであげてもキリがないほどありますね

 

醤油の底力!殺菌パワー

醤油には殺菌パワーがあるのはご存知ですか?醤油には食塩が入っているので赤痢菌やチフス菌、O-157など病原菌や食中毒菌を死滅させることが分かっています。日本では、昔から魚や肉を醤油に浸して保存するやり方があります。これは、醤油に強い殺菌力があることを知っていたからでしょう。こんにちのお弁当にも醤油を使った料理を一品いれていただくだけで、殺菌効果を得られるのでぜひともいれていただきたいです。

 

こだわりの醤油!その歴史は日本で最初の醤油屋

天正元年1573年 室屋を創業。

戦国大名の朝倉家家臣であった当主(家来も数名いた)は、織田信長との戦で全員討ち死にし、残された女・子供で、柴田勝家が北ノ庄城下を作る時、上神明町(現在地:福井市田原)で酒・醤油・味噌・糀業を始めました。
創業者の室屋儀右衛門(内田十内)は10歳に満たない子供であった。
この地は北陸街道と三国街道が合流する交通の要所で、上水道(のちの芝原上水)が流れ、醸造に最適な場所であった。また、この頃の醤油は味噌の下にわずかに溜まる「溜まり醤油」で、量が少なく、非常に高価な物であった。

 

元禄2年1689年 室次創業。
室屋4代目 次左衛門が、遠く和歌山県紀州湯浅で、この頃確立された大量生産が可能な「こいくち醤油」の醸造法を学び、酒の醸造設備を変更、本格的に醤油の大量生産を始め、醤油の専門醸造場として、屋号「室次」を創業した。これにより、価格の安い醤油を大量に造る事ができ、一般庶民も醤油を使う事が出来るようになった。この頃から醤油が急速に広まり、舟・大八車を使って各地に配送した。また、丁稚で入った職人が「のれん分け」で各地で醤油を造りはじめ、福井の醤油屋が形成されていった。江戸時代の醤油1升の価格は、酒の大吟醸1升の価格より高かった。

 

そんな歴史あるお醤油を是非ご賞味あれ!

 

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